法話

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託されたお念仏

お釈迦さまが阿難さまに託された「無量寿仏の名を持て」の一言を、祖父の調声にならったお勤めの記憶とともに味わいます。報恩講を前にした法話です。
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信じがたい法 ―雨は低いところへ―

十月に入り、稲刈りを終えた田が多くなりました。法泉寺には田畑はありませんが、ご門徒様が多くいらっしゃる君田や口和をはじめとしたさまざまな地域では田畑が広がり、この秋も収穫が行われていました。稲を育てたのは、田に張られた水です。その水は、もと...
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ひとり子のように ―七人の子のたとえ―

きょうだいが何人かいるご家庭で、親御さんがいちばん気にかけているのは、どの子でしょうか。どの子も同じようにかわいい。それはうそではないと思います。それでも、熱を出して寝ている子がいれば、その夜はその子の枕元から離れられないのではないでしょう...
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無明長夜の灯炬なり ―夜が長くなるころに―

秋のお彼岸が過ぎて、日の暮れるのがずいぶん早くなりました。ひと月前なら、まだ十分に明るかった時間に、外はもう薄暗くなっています。夜が長くなる、という言い方があります。暦の上では秋分を境に、夜のほうが昼より長くなっていきます。私はこの季節にな...
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他力本願 ―大きな船に、乗せていただく―

広島で暮らしておりますと、秋口はカープの順位の話が、どこにいても聞こえてまいります。今年は残念ながら、優勝争いに加わることはできませんでした。それでもこの時季、新聞やテレビには決まって「自力優勝」という言葉が躍ります。自力優勝とは、残りの試...
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願以此功徳のこころ

お勤めの最後に、必ず称える四句がございます。願以此功徳(がんにしくどく)、平等施一切(びょうどうせいっさい)、同発菩提心(どうほつぼだいしん)、往生安楽国(おうじょうあんらっこく)。讃仏偈(さんぶつげ)でも、正信偈(しょうしんげ)でも、阿弥...
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「あう」ということ

「あう」という言葉を、私たちはふだん、どの字で書いているでしょうか。人と会う。話が合う。思わぬ事故に遭う。この三つでしたら、迷うことなく書き分けておられると思います。ところが浄土真宗では、同じ「あう」に、見慣れない字を当てます。「遇う」、そ...
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忙しいということ ~お仏壇は「心」の回復室~

みなさん、こんにちは。毎日、お仕事に家事に、本当にお疲れ様です。挨拶代わりに「最近どう? 忙しい?」なんて言葉を交わすことも多いのではないでしょうか。現代を生きる私たちは、大人も子どもも、何かに追われるように走り回っています。「忙しい」の正...
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凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味のこころ

お朝夕のお勤めで唱えさせていただく『正信偈』の中に、次の一節があります。凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味(ぼんしょう・ぎゃくほう ひとしく回入(えにゅう)すれば、衆水(しゅすい)海に入りて一味(いちみ)なるがごとし)凡夫であれ聖者であれ、また...
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『供養』ということ

「供養」という言葉は、私たちの暮らしの中に、すっかりなじんでおります。お墓参りをすること、法事をつとめること、お仏壇に手を合わせること。それらをまとめて「供養」と呼ぶのが、ごく当たり前になっております。ところが、浄土真宗のお寺で話を聞いてお...