法泉寺とみ教えについて

法泉寺本堂の内陣 ご本尊を安置する宮殿と荘厳

このページでは、住職からのご挨拶、当寺が大切にしていること、法泉寺の歩み、そして浄土真宗のみ教えについてご紹介いたします。

人の世の夢 去りゆきて やがてかえらん 無為の浄土かな
第十九世住職 釋一信

この世の営みは夢のように過ぎてゆき、やがて浄土へ還らせていただく――そうした味わいの一首です。「無為」とは、つくりごとのない、まことのすがたをあらわします。

ご挨拶

明照山法泉寺は、広島県三次市君田町にある浄土真宗本願寺派の寺院です。

親鸞聖人が浄土真宗を開かれて八百年、法泉寺がこの地に開かれて六百七十余年になります。その長い年月のあいだ、この本堂には数えきれないほどの人が座ってこられました。時代も暮らしも移り変わりましたが、大切な人を亡くした悲しみや、思いどおりにならない日々への戸惑いは、いつの世も変わることがありません。そうした思いを抱えた人々が、仏さまの教えを聞くために集まってきた場所が、このお寺です。

2025(令和7)年11月1日、第二十一世住職継職奉告法要をお勤めいたしました。多くの皆様のお支えをいただき、この法灯を受け継がせていただいたことを、ありがたく思っております。

これからも念仏の響きに満ちた聞法の道場として、この場所を守ってまいります。何かを信じてからでなければ入れない、ということはありません。お参りの作法をご存じなくとも、少しも構いません。どうぞお気軽にお訪ねください。

合掌

法泉寺第二十一世住職釋龍臣

大切にしていること

敷居をつくらない

仏教の知識や信仰を前提とはしておりません。初めての方も、宗旨の異なる方も、そのままお参りいただけます。年に五度お勤めしている法座は、ご門徒であるかどうかにかかわらずどなたでもお参りいただけ、お申し込みも必要ありません。大晦日の除夜の鐘も、どなたでも撞いていただけます。

法座や法事のときだけが、お寺ではない

お寺との関わりが、葬儀や年忌といった「用事」のあるときに限られてしまうことがあります。けれども聞法とは、日々の暮らしのなかにあるものです。墓所は時間の定めなく、いつでもお参りいただけます。お墓のご相談は、お申し込みを前提としない段階で構いません。用事がなくとも立ち寄れる場所であることを、これからも大切にします。

地域とともに六百七十余年

正平六年(1351年)の開基以来、幾度もの本堂の大破や焼失を経ながらも、歴代の住職と門信徒が心を一つにして護持し、今日まで法灯を掲げてまいりました。広島県三次市君田町というこの土地とともに歩んできた歴史そのものが、当寺の基盤です。

変化する社会への応答

お墓を継ぐ方がいない、遠方にお住まいで管理が難しいといったお悩みに応えるため、永代合同墓・墓地をご用意しております。あわせて、寺の外で起きている出来事にも心を寄せ、できる範囲での社会貢献に努めます。時代とともに変わる暮らしのかたちに、教えを変えることなく応答してまいります。

住職紹介

第二十一世住職 釋龍臣

第二十一世住職 釋龍臣

1991年
9月21日、三次市に生まれる
2010年
三次高等学校卒業後、愛媛大学法文学部に進学。在学中に得度
2014年
寺院へ僧侶として戻ることを志し、大学卒業後、広島仏教学院に入学
2015年
同学院卒業、教師習礼修了
2016年
前住職(祖父)の往生にともない、住職の任を授かる
2025年
明照山法泉寺第二十一世住職継職奉告法要をお勤めする

普段は寺務のかたわら、三次市内の医療法人にも勤務しています。

継職奉告法要 表白 令和七年十一月一日 第二十一世住職継職奉告法要にて

表白(ひょうびゃく)とは、法要のはじめに、そのお勤めの趣旨を仏さまの御前で申し上げる文です。こちらは令和七年十一月一日、第二十一世住職の継職奉告法要にあたり、法灯を受け継ぐ決意を阿弥陀如来と宗祖親鸞聖人の御前にご報告申し上げたものです。

敬って 大慈大悲の阿弥陀如来の御前に申し上げます

 本日ここに 浄土真宗の末学 釋龍臣 当 明照山 法泉寺 第二十一世住職の継職奉告法要をお勤めするにあたり 恭しく仏前を荘厳し 懇ろに 正信念仏偈を読誦して 当山門信徒をはじめ 有縁の皆様の臨席のもとに 仏祖の御前に 住職継職の決意を申し述べます

 思えば 阿弥陀如来は 流転の凡夫を憐れみ 本願の名号を成就して「ただちに来たれ」と喚び給い 釈迦如来は「大無量寿経」を説いて すべての人に 本願の大道を お勧めになりました

 七高僧は 三国にあらわれて 仏意を顕彰し 宗祖親鸞聖人は 仏祖のみ心を受け継いで 本願力回向の法義を明らかにして 浄土真宗を顕示されました

 顧みますれば 正平六年 当山が開かれ、四代目釋明照の頃に 浄土真宗の法灯が掲げられてより 長きにわたり 歴代住職は 宗祖親鸞聖人の教えを仰いで 怠ることなく 御法の弘通に専念し 門徒同行もよく 住職の心を汲み ともに協力して ご法義の相続と繁昌に務めてきました

 私 釋龍臣は 甚だ浅学非才にして その力は十分ではありませんが 歴代住職や それを支えていただいた門徒同行の思いに触れ この度 当山 法泉寺の 法灯を継承する決意をあらたにいたしました

 しかし 私が 今生に生を受けこれまで 多くの愛情や慈しみの心をもって お育ていただいた門徒同行もおひとり またおひとりと浄土往生の素懐をとげられております そのさみしさや悲しみは募るばかりですが 阿弥陀如来は また会える世界として お浄土をお仕立ていただいております 合わせる手のうちに 亡き人をお訪ねし 報恩感謝の日々を過ごしてまいります

 そして 今後は 歴代住職の足跡をたどり 門徒同行のご助力を得て 御法の灯を絶やさぬように ひたすら努め 仏祖の加護を仰ぎつつ 自信教人信の 歩みを重ねることを 謹んで申し上げます

令和七年十一月一日

明照山 法泉寺 第二十一世住職 釋龍臣

敬って もうす

法泉寺の歴史

明照山法泉寺の開基は、正平六年(1351年)に遡ります。初代・南部小瀧丹後之守義清は、足利尊氏公の家臣であったと伝わっています。西国へ向かう途上、尊氏公の若君・明照公のご療養のため櫃田村市井谷の居城で過ごされましたが、明照公は療養の甲斐なく亡くなられました。義清は明照公を沓ヶ原にあった薬師堂・浄福寺に埋葬し、諸行無常の理を感じて専照という法名をいただき、尊氏公が寄進のご縁のあった尾道・浄土寺の弟子となられました。

法泉寺の歩み

  1. 正平六年1351年

    開基

    初代・南部小瀧丹後之守義清が、明照公を沓ヶ原の薬師堂・浄福寺に埋葬。諸行無常の理を感じ、専照の法名をいただいて尾道・浄土寺の弟子となる。

  2. 建徳元年1370年

    明照山法泉寺と号する

    二代・専教が明照公を悼み、その御名をとどめて山号を明照山とする。寺内の泉地に月が映るのを見て、寺名を法泉寺と改める。

  3. 第四世親恒(明照)

    浄土真宗に帰依

    真宗に帰依して法名を明照と改める。法泉寺を沓ヶ原から川隅原に移し、本堂七間四面を建立。本願寺の直末寺となる。

  4. 第六世義専

    御影をお迎えする

    本堂の大破により建て替え。その際に親鸞聖人と蓮如上人の御影をお迎えする。

  5. 第九世隆道

    寺領と釣鐘の没収

    再びの本堂大破により建て替え、喚鐘と釣鐘を求める。のちに広島城主・福島正則により、寺領と釣鐘を取り上げられる。

  6. 明治第十七世 大瀧に改姓 明治の世となり、第十七世・西願の代に小滝より大瀧へ改姓する。
  7. その後第十八世 高野に改姓 第十八世・浄晃が、西願の五女マツヨを坊守として入寺し、以降は高野を名のる。
  8. 令和七年2025年

    第二十一世住職継職奉告法要

    十一月一日、第二十一世住職継職奉告法要をお勤めする。

長い歴史の中で幾度となく本堂の大破や焼失に直面いたしましたが、代々の住職と門信徒が心を一つに護持し、法泉寺は今もなお法灯を掲げております。

寺伝には、足利尊氏公より地頭五十石を賜ったとも伝えられております。尊氏公のご往生は延文三年(正平十三年・1358年)でありますので、初代・専照の代の出来事であったと思われます。

歴代住職

第一世から第二十一世まで
世代俗名・法名
第一世南部小瀧丹後之守義清 専照
第二世南部小瀧丹後之守義次 専教
第三世南部小滝肥後之守義親 諦信
第四世南部小滝丹波之守親恒 明照
第五世小滝民部義行 専海
第六世小滝左兵衛尉義房 義専
第七世小滝将監義朝 願泰
第八世小滝石見之守義定 信隆
第九世小滝左近義道 隆道
第十世小滝弾正義弘 日顕
第十一世小滝 法龍
第十二世小滝 林浄
第十三世小滝 釋西岸
第十四世小滝 釋諦信
第十五世小滝 釋柳恩
第十六世小滝 諦林
第十七世大瀧 西願明治の世になり改姓
第十八世高野 浄晃西願の五女マツヨを坊守とする
第十九世高野 一信
第二十世高野 陽晃
第二十一世熊谷 龍臣 釋龍臣陽晃の長女由美子を母とする

浄土真宗のみ教え

浄土真宗は、親鸞聖人(1173〜1263)によって開かれた、お念仏のみ教えです。ご本尊は阿弥陀如来さまです。「南無阿弥陀仏」とお念仏を称える教えであります。

阿弥陀さまのお救い

阿弥陀さまは、すべてのいのちを分けへだてなく救おうと願われた仏さまです。その救いは、私たちが修行や善い行いを積んで手に入れるものではなく、阿弥陀さまの側からのはたらき(本願力)によってめぐまれるものです。老いも若きも、善人も悪人もえらばれることはありません。むしろ、思いどおりにならない悩みや苦しみをかかえた私たちこそが、そのお救いの目あてです。

お念仏とは

阿弥陀さまの願いを聞かせていただき、「おまかせします」といただく心(信心)がめぐまれたとき、お浄土に生まれて仏となることが定まります。ですからお念仏は、「救ってください」とお願いする言葉ではありません。すでに救いのはたらきの中にあることを喜び、「ありがとうございます」とご恩に感謝する声であり、あわせて、自分中心に生きるわが身をふりかえる声でもあります。

悩みが消えるわけではありません

み教えに出遇っても、この世の悩みや苦しみがなくなるわけではありません。けれども、決して見捨てないという阿弥陀さまの光に包まれて、困難を乗り越えて歩んでいく力をめぐまれます。

亡き方と法要

そして、この世の縁が尽きるとき、お浄土に生まれて仏とならせていただきます。そのため当寺では、いわゆる「追善供養」ではなく、亡き方を偲びつつ、私たち自身が仏さまの教えに出遇わせていただくご縁として法要をお勤めしています。

写真で見る法泉寺

本堂の荘厳と、境内のようすをご紹介いたします。

阿弥陀如来立像
阿弥陀如来立像ご本尊
宮殿と供花
宮殿と供花荘厳
香炉
香炉龍の意匠
親鸞聖人 御影
親鸞聖人 御影祖師前
蓮如上人 御影
蓮如上人 御影御代前
親鸞聖人ご一代絵伝
親鸞聖人ご一代絵伝本堂
庫裏の玄関
庫裏の玄関お迎え
中庭
向拝手すりを設けています
梵鐘
喚鐘法要の合図に撞きます

浄土真宗の教章

私の歩む道 宗名・本尊・聖典・教義など
宗名浄土真宗
宗祖ご開山親鸞聖人
ご誕生 1173年5月21日(承安3年4月1日)
ご往生 1263年1月16日(弘長2年11月28日)
宗派浄土真宗本願寺派
本山龍谷山本願寺(西本願寺)
本尊阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
聖典釈迦如来が説かれた「浄土三部経」
『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』

宗祖親鸞聖人が著述された主な聖教
『正信念仏偈』(『教行信証』行巻末の偈文)
『浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃』

中興の祖蓮如上人のお手紙
『御文章』
教義阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。
生活親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。
宗門この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

※浄土真宗本願寺派「浄土真宗の教章(私の歩む道)」より

寺院概要

山号・寺号明照山 法泉寺
宗派浄土真宗本願寺派(本山:西本願寺)
所在地〒728-0406 広島県三次市君田町櫃田772
電話0824-53-2647

お越しになる方へ

参拝者駐車場をご用意しております。道順や地図はアクセスのページをご覧ください。ご不明な点はお問い合わせより承ります。