信じがたい法 ―雨は低いところへ―

十月に入り、稲刈りを終えた田が多くなりました。法泉寺には田畑はありませんが、ご門徒様が多くいらっしゃる君田や口和をはじめとしたさまざまな地域では田畑が広がり、この秋も収穫が行われていました。

稲を育てたのは、田に張られた水です。その水は、もとをたどれば山に降った雨です。仏さまの教えも、古くから雨や水にたとえられてきました。ところがお釈迦さまは、私たちに説かれたその教えを「信じがたい法」と呼んでおられます。なぜ信じがたいのでしょうか。

信じがたい法

『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』に、次のご文があります。

釈迦牟尼仏、よく甚難希有の事をなして、よく娑婆国土の五濁悪世、劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁のなかにおいて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、もろもろの衆生のために、この一切世間難信の法を説きたまふ。
(『仏説阿弥陀経』、註釈版聖典128ページ)

お釈迦さまは、濁りに満ちたこの世界でこの上ないさとりを開き、人々のために、世間の誰もが信じがたい教えを説かれた。それは、きわめて難しく、世にまれなことであった。そう讃えられています。

五濁悪世(ごじょくあくせ)とは、私たちが暮らすこの世界のことです。社会の悪さを言うだけの言葉ではなく、私たち自身の姿をあらわしています。親鸞聖人は「正信偈(しょうしんげ)」に、私たちを「邪見驕慢(じゃけんきょうまん)の悪衆生」と示されました(註釈版聖典204ページ)。驕慢とは、自分の力に慢心することです。

難信の法(なんしんのほう)とは、自分のはからいの心では、決して信じることのできない教えのことです。阿弥陀さまの救いは、世間の常識的な道理を超えています。自分の力をたのむ心にとらわれていると、はなはだ信じがたい。そのことは同時に、この教えの尊さをあらわしてもいます。

山の頂にはとどまらない

信じがたいとはどういうことか。源信和尚(げんしんかしょう)の『往生要集(おうじょうようしゅう)』に、雨の流れを用いたたとえが、『大智度論(だいちどろん)』から引かれています。

雨の堕つるに、山の頂に住まらずしてかならず下れる処に帰するがごとし。もし人、心をもつてみずから高くすれば、すなはち法水入らず。もし善師を恭敬すれば、功徳これに帰す。
(『往生要集』所引『大智度論』、七祖註釈版聖典1174ページ)

今の言葉にすると、「雨が降っても、山の頂にはとどまらず、必ず低いところへ流れ込む。人も、心の中で自分を高くしていると、法の水は入らない。善き師を恭敬(くぎょう)する人には、教えの功徳が流れ込んでいく」となります。

田に水を引くときも、水は高いほうから低いほうへしか流れていきません。

このたとえは、驕り高ぶった心で教えを聞くことを戒めたものとされます。山の頂は驕り高ぶった心を、低いところは自分をむなしくして素直に仏法を聞こうとする心を、そこに雨がとどまることは教えの功徳に満たされることを、それぞれあらわしたものです。

浄土真宗の教えから味わうと、このたとえは自力のはからいを戒めたものと見ることができます。世間の常識や自分の理屈を手放せないために、私たちの思いを超えた阿弥陀さまの救いを、そのまま受け取れずに疑ってしまう。その心が、山の頂です。

教えを聞きながら、私たちはいつのまにか、自分の物差しで先に良し悪しを決めています。分かる話にはうなずき、理屈に合わない話は脇へ置きます。山の頂に立っているのは、ほかの誰かではありません。

雨のたとえに照らすと、難信の法が信じがたい理由が見えてきます。教えの雨は、ずっと降り注いでいます。頂に立つ私が、自分のはからいを手放せず、それを受け止められずにいるのです。そして私は、自分の力で頂から降りることもできません。

それでも、その私がいま、お念仏を申す身にさせていただいています。私のはからいでは信じることのできなかったはずの教えに、阿弥陀さまのはからいによって出あわせていただいている。そこには、遠い過去から絶え間なく届いていた、阿弥陀さまのお育てがありました。お釈迦さまが濁りの世でこの法を説いてくださったことは、まさに「甚難希有の事」でございました。

刈り終えた田にも、やがてまた雨が降ります。その雨が低いところへ流れていくのを見かけたら、信じがたい法に出あわせていただいた不思議を、ご一緒によろこばせていただければと思います。

法泉寺の法座は、どなたでもお参りいただけます。

ご門徒であるかどうかにかかわらず、お申し込みも必要ございません。くわしくは法座・仏事についてのページをご覧ください。

法話